ーーー昆虫類絶滅 野生絶滅絶滅危惧Ⅰ類絶滅危惧Ⅱ類準絶滅危惧情報不足10610620042013/2014絶滅(EX)20042013/2014絶滅危惧Ⅰ類(CR+EN)絶滅危惧Ⅰ類(CR+EN)20262026●参考文献土畑重人・淀江賢一郎・奥島雄一(2008)島根県産ヒメシロチョウ標本の発見と記録の検証.すかしば,(56):65-77.淀江賢一郎(2023)島根県吞谷峠のウスイロヒョウモンモドキ.すかしば, (70): 49-53.●参考文献門脇久志(2019)隠岐諸島の昆虫に関わる覚書書き.ホシザキグリーン財団研究報告特別号, (23): 77-116.宮武頼夫編(1996)「青木浩コレクション目録」大阪市立自然史博物館収蔵資料目録第28集.長田傭平(2023)大阪市立自然史博物館所蔵隠岐諸島産オオウラギンヒョウモンの標本.ホシザキグリーン財団研究報告, (26): 261-263.白水 隆(1988)オオウラギンヒョウモンはなぜ消えたか.SATSUMA,(100):363-365.淀江賢一郎(1988)隠岐・知夫里島における殺虫剤空中散布によるオオウラギンヒョウモンの衰亡.日本昆虫学会中国支部平成2年度例会発表資料.1p.チョウ目シロチョウ科Leptidea amurensis(Menetries,1858)カテゴリー区分撮影者(提供者):平田信夫チョウ目タテハチョウ科Fabriciana nerippe(C. et R. Felder, 1862)カテゴリー区分撮影者(提供者):筆谷憲一県内での生息地域・生息環境存続を脅かした原因絶滅(EX)環境省カテゴリー絶滅危惧ⅠB類(EN)絶滅(EX)環境省カテゴリー絶滅危惧ⅠA類(CR)選定理由概 要選定理由概 要 島根県から広島県境の呑谷峠(のんだにだわ)で1952年7月12日に平田信夫氏が採集した1オスが唯一の記録。その後、周辺は放牧の衰退に伴って草原環境が一変し、現在は絶滅していると判断される。 翅長20ー24mmの小型種。食草ツルフジバカマの生える草地に生息。北海道、本州、九州に産するが西日本では広島県旧・野町、阿蘇山・九重山のみから知られていた。近年、倉敷市立自然史博物館に寄贈された平田信夫氏(元・松江高校教員)のコレクション中に「呑谷」ラベルの本種1オスがあり、これについて土橋重人・淀江賢一郎・奥島雄一の3氏が仔細に検討した結果、呑谷峠の島根県側で採集されたものに間違いないことが判明した。また、淀江は森山正治氏採集のウスイロヒョウモンモドキを再検討したが、これによってもヒメシロチョウが生息していたことは間違いないと判断された。 1970年代以降急激に減少し、最後まで記録があった隠岐(知夫里島)でも2000年当初に絶滅していると判断される。 翅長33ー42mm前後で、メスは大型になる。同属のウラギンヒョウモンに酷似するが、翅外縁部斑紋がハート型で識別は容易。年1回、6月上旬ごろから発生し7月に多く見られる。夏寝後、10月ごろにも活動する。オスは敏速に飛翔しオカトラノオ、アザミなどを訪れるが、メスは不活発でアキグミのブッシュ内に潜んでいることが多い。近年、全国的に衰亡が著しく、残された産地は鹿児島県、佐賀県、長崎県、大分県、熊本県、山口県などに数カ所しかない。県内では、松江市枕木山、大田市三瓶山などで記録がある。おもな生息環境は、石灰岩台地、火山性草原、牧場、自衛隊演習場などの大規模な草原で、スミレ、ツボスミレなどが多く見られるところに限られている。(執筆者:淀江 賢一郎)(執筆者:淀江 賢一郎)島根県固有評価 奥出雲町(旧仁多町)呑谷峠は、当時は放牧によって毛無山山頂から峠まで本種生息に適した大規模なシバ草原であったが、現在は森林化して生息環境が失われ、絶滅していると判断される。なお、広島県庄原市(旧高野町)も中国地方唯一の生息地だったが1992年には絶滅したとされる。島根県固有評価 隠岐諸島の本種は、三島寿雄氏が西ノ島(大山の蝶)で、久保田直哉氏が知夫里島(CYGNUS)で報告している。県内での生息地域・生息環境 隠岐諸島(知夫里島の放牧地)が残された唯一の生息地であったが、1987年から始まった松枯れ対策殺虫剤空中散布や放牧場の近代化(いわゆる放牧ではなく、餌と寝床を用意する新しい放牧)。これによってメスのねぐらであったアキグミの灌木がすべて伐採され、放牧地が大型重機によってでこぼこがならされ、平坦な地形に改編されスミレに悪影響を与えた。 放牧場の近代化による自然草原の荒廃、殺虫剤空中散布(淀江の調査方法はろ紙を半径5km以内の20カ所に置いて、その殺虫剤降下量を横浜の国立大学で調べたもの。モンキチョウ幼虫はすべて死亡した。)ヒメシロチョウオオウラギンヒョウモン絶滅(EX)絶滅(EX)
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