しまねレッドデータブック2026
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維管束植物309309にも特筆される平田植物園とよばれる学校植物園は現在の島根県立出雲高校に引き継がれ、自然科学の普及に貢献している。大正時代(1912−1926) 大正時代の史料は乏しいが、大正12年(1923)に原 貞吉による「鰐渕寺附近の植物目録」の報告がある。昭和(戦前)(1926−1945) 昭和年代になってからは、桜の研究者として知られている三好 学による「天然記念物調査 報告 植物の部No.15,17」(1935,1937)では三隅大平桜、松江藩津田の松並木、海潮村のカツラの報告が見られる。昭和10年代からは丸山 巌による県内全域においての詳細な調査が行われることになる。戦前には丸山 巖による「仁多郡植物誌Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ」(1929)、林 実による「北出雲植物小話」(1936)が確認できる。また昭和10年(1935)には浜田の柿木山国有林で採集会があったこと、昭和10年代初期に発足した能義郡理科教育研究会での第1回研究会では清水寺において雪吹敏光講師指導で採集会を行ったことなどを史料から知ることが出来る。これは各地で作られた理科教育普及のための研究会や全国的な植物観察会の興隆の流れが島根もあったことが分かるものである。昭和(戦後)(1945−1980) 戦後には本格的な植物研究が行われることとなる。特筆すべきところでは、やはり丸山 巖によるもので、「山陰植物管見Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ」(1963,1967,1969)によって県下における貴重な植物の研究の詳細が記載されている。また「島根県大百科事典上下」(1982)では丸山の記載によってこの時期に知られていた県下の貴重な植物すべての状況を知ることができる。これによれば今でも貴重とされる植物分布のほとんどが解明されていたことが分かる。また丸山は、地元の特異な植物を中央の研究者と共同で研究を進め、イズモコバイモ、オッタチカンギク、インヨウチク、トゲナシアザミ、サンインギクなどの原記載などに大きく貢献している。 また、宮本 巖も県下の植物群落を植物社会学的に研究する傍ら、「西部石見の高等植物目録」(1963)、「島根半島植物誌」(1973)をはじめとする各地の植物相の調査他、地方史への動植物の記述、地倉沼の遷移などの研究を行っている。植物研究の歴史 島根県の植物については、「出雲国風土記」や江戸時代の「出雲国産物帳・隠岐国産物帳」などの中での記述があるが、学術上での研究は明治時代に始まったといえる。 県下での植物研究のうち、特に植物相や各植物研究に関する概略を記載したい。明治時代(1868−1912) 例えば、堀正太郎が明治22年(1889)、三宅驥一が明治31年(1898)に隠岐諸島での植物調査を行っており、明治40年(1907)に徳淵永治郎が隠岐諸島の島後、西ノ島、中ノ島の植物を調査し、堀、三宅の調査結果とともに、当時の知々井小学校教員松本常男の標本約130点をもとに「隠岐島植物分布論」(1911)に維管束植物619種を記載している。 さらに明治37年(1904)に島根県女子師範学校教諭として赴任した平田駒太郎が校舎敷地内に植物を植え、さらに、のち久徴園と称される隣接する山林地にも植栽は広がった。この全国的 また、隠岐においては、機関紙「隠岐の文化財」に見られる昭和25年(1950)に記述された岡部武夫による植物の分布状況の紹介(1997,1998)の他、1940年代から1990年代に至る木村康信の各報告が特筆され、後の報告にはなるが、集大成として報告された「島前の植物目録(Ⅰ)〜(Ⅳ)」(1982ー1988)などが注目される。  また、この時期に「国立公園候補地基本調査 隠岐島・島根半島・三瓶山」(1960島根県)も報告されている。 その他特筆すべきものとして「立久恵峡の植物と植物目録」森山美具・青木充之(1978)、「島根産スゲ属植物」岡本香(1971)、「隠岐の植物(一)(二)」岡国夫(1968、1969)、「隠岐島・島根県東部のシダ植物の分布について」山本 廣(1980)などが見られる。昭和50年代末期から前回のRDB改訂まで(1980−2013) 1970年代からは、杦村喜則による調査が行われるようになった。杦村も植物社会学的手法で県内の植生を調査する中で植物相の解明にも取り組んだ。その中で「島根半島の植生と植物相Ⅰ―Ⅴ」(1987−1991)、「隠岐諸島の植生と植物相 森林植生,海岸植生,シダ植物」(1994,1995,1997)は特に研究対象とする地域の詳細な植生と植物相を解明した。また、「島根県のシダ植物相」(1997),「島根県の種子植物相」(2005),「島根県の種子植物相(補遺)」(2006)によって普通種を含めた島根県の全植物相のリストが発表されることとなった。また、これの根拠となる標本も三瓶自然館に収蔵され、そのリストも「杦村喜則氏収集植物標本目録Ⅰ−Ⅲ」(2009,2014,2020)として発表されている。 また、杦村は植物観察の普及にも熱心で、各種観察会ではユニークな人柄と出雲弁での解説が人気をはくし、島根大学白潟サロン主催の観察会で「神社の森を歩く」「緑の野山を歩く」は2004年から2013年まで月1回開催され、93回を数えるが、多くの参加者が植物の面白さを体験した。さらに植物を詳しく知りたいと考え、同氏を慕う社会人を中心とした「シロダモ会」が結成され、これは現在も活動が続けられている。また、研究室においても植物に興味のある学生が学部を越えて集まり、島根県の植物の解明に貢献することとなった。 さらに杦村の発案により島根県でも植物を研究する集まりを作ろうとなり、2003年に「島根植物研究会」が発足した。これは植物観察会とともに地元の植物の状況を発表する場を作りたいとして会報を発行することとなった。この会報を通じて、地元での植物研究がさらに活発になった。 特記する事柄として、杦村による県下の貴重な植物の発見の経緯や分布状況などの報告があり、植物研究上貴重な史料となっている。さらに、研究会発足以前の2000年から益田市を中心にシダ植物を観察していた篠原良夫と澤江 宏の報告も特筆される。二人は益田市のシダ植物調査を1週間に1回行うことを決め、調査している(2009年の17回目の報告に通算396回との記述がある)。これによって「益田市に自生するシダ植物調査の中間報告(1)ー(21)」(2003ー2012)を報告している。この調査の中でホウライヒメワラビ、テツホシダの新産地、フクロシダ等貴重な植物を多数発見している。さらに柴田一樹によるクロイチゴやメヤブソテツ等の発見をはじめとする県内の各植物の報告、廣江伸作による安来市を中心とした植物相調査でのヒメシロアサザ、ミ概説 維管束植物

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